ペロブスカイト太陽電池(次世代型太陽光発電)での官民一体の次世代戦略
- 坂本裕尚
- 9月29日
- 読了時間: 6分
日本が今、国の未来をかけて推進する次世代エネルギー技術があります。
それが「ペロブスカイト太陽電池(PSC)」です。

この太陽電池は、従来のシリコン型と異なり、非常に軽く、曲げられる(フレキシブル)という特長を持ちます。
これにより、これまで重量や形状の問題で設置が難しかった場所、ビルの壁面、古い工場の屋根、窓、インフラ施設にも設置できる可能性を大きく広げます。
まさに「どこでも発電」を可能にし、エネルギーのあり方を一変させるかもしれない技術として、官民一体でその社会実装が急ピッチで進められています。
本ブログでは、経済産業省資源エネルギー庁などが推進する最新の動向に基づき、日本の野心的な次世代戦略と、具体的な進捗について深掘りします。
経済産業省:第1回 次世代型太陽電池の導入拡大及び産業競争力強化に向けた実装加速連絡会
なぜ今、ペロブスカイト太陽電池に国を挙げて取り組むのか
過去、日本の太陽電池産業は世界をリードしていましたが、その後の価格競争で苦戦した経験があります。
その反省を踏まえ、今回の戦略では、単なる「技術開発」に留まらず、「規模」と「スピード」三位一体で進める強い意思が示されています。
この戦略は、2025年2月に閣議決定された「第7次エネルギー基本計画」にも盛り込まれており、国としての確固たる位置づけがなされています。
日本の次世代戦略:三つの柱
次世代型太陽電池戦略の柱は、世界で勝ち抜くための産業競争力実現を目指し、以下の3つで構成されています。

1. 量産技術の確立と野心的なコスト目標
量産技術の確立には、国の大型支援策である「グリーンイノベーション基金(GI基金)」が活用されています。特にコスト目標は野心的です。
中期目標:
2025年度までに20円/kWh、そして2030年度までに現在の主力であるシリコン太陽電池の導入目標コストと同水準の14円/kWhを達成可能な技術を確立します。
長期目標:
2040年には、補助金なしで自立可能な水準である10円/kWh〜14円/kWh以下を目指します。
また、発電効率の限界突破を目指し、既存のシリコン太陽電池とペロブスカイトを重ね合わせたタンデム型の開発も加速させています。
2. 強靱な国内生産体制の整備
優れた技術を安価に大量生産できなければ、国際競争に勝てません。このため、2030年までの早期にGW(ギガワット)級の生産体制を国内に構築することを目指します。
これには「GXサプライチェーン構築支援補助金」などの支援策が活用されます。過去の教訓から、単に特許を守るだけでなく、製造工程のノウハウ(ブラックボックス化)を含め、技術と人材の両面から戦略的に知的財産を管理し、国内にサプライチェーンを確立することが重要視されています。
3. 20GWを目指す需要の創出
メーカーが大規模投資に踏み切るためには、確実な市場が必要です。国全体の導入目標として、2040年には累計で約20GWの導入を目指します。
導入初期の価格が高い段階では、政府機関や地方自治体、環境価値を重視する民間企業が初期需要を牽引します。
2025年度からは、先行導入が期待できる重点分野(自家消費率が高い場所、横展開が可能な設置場所など)に対し、導入補助金を支給し、投資予見性を確保します。
実装に向けた具体的な進捗と事例
戦略の実現に向けた取り組みは、研究開発と市場創出の両面で具体化しています。
GI基金による技術開発・実証の加速
GI基金の実証事業では、14円/kWhの目標達成に向けた技術確立と、フィールド実証が進められています。
2025年9月10日には、第2回目の公募で新たに3社が採択されました。
採択事業者 | テーマの概要 | 連携先・特長 |
エネコートテクノロジーズ | 設置自由度の高いフィルム型PSCの量産技術開発と実証 | 日揮、KDDI、豊田合成、京都大学など多様な企業・大学と連携 |
パナソニック ホールディングス | 意匠性・性能を兼ね備えた建材一体型(ガラス型)の開発・実証 | 高度なインクジェット技術を活用 |
リコー | インクジェット印刷PSC生産技術開発および社会実装 | 大和ハウス工業と連携し、設置・施工技術を開発 |
これら3社(および第1弾採択の積水化学工業)は、2030年度に年間300MW(フィルム型)、200MW(ガラス型)以上の量産体制構築構想を有しており、国は第2弾の採択事業だけで約246億円(事業規模約335億円)の支援を行う予定です。
自治体主導による大規模需要の創出
地方自治体の動きが、初期需要創出の鍵となっています。
特に東京都は先進的で、2040年に約2GWという大規模な導入目標(国の目標の約1割に相当)を掲げています。都は、都有施設への先行導入に加え、民間事業者に対し、機器費・施工費を含む設置費用を10分の10(全額)補助するという大胆な支援策を実施予定です。これにより、メーカーにとっての投資予見性が大きく高まります。
他の自治体でも、ペロブスカイト太陽電池導入の取り組みが全国に広がっています。
大阪府:万博会場の西ゲートバスターミナルに世界最大級となる約250mのフィルム型PSCを設置
愛知県:愛知県、アイシン、トヨタなどによる「あいちPSC推進協議会」を設立
福岡市:みずほPayPayドーム福岡への設置や、民間事業者への導入補助を実施
堺市:今後の生産拠点となる可能性を見据え、PSC工場を対象とした税制優遇措置を実施
普及に向けたガイドラインの迅速な策定
PSCの特長である軽量性・柔軟性を活かしつつ、安全に社会実装を進めるためには、設置・施工に関する新しいルール作りが不可欠です。
このため、国は「フレキシブル太陽電池の設置・施工ガイドライン」を今年度中(2025年度中)に作成・公表することを目指しています。
国土交通省を含む関係省庁がオブザーバー参加する有識者ワーキンググループ(WG)が組織され、金属屋根など具体的な設置場所を絞り込みながら、関連法令や実証実験の知見を基に、設計・施工方法や安全性に関する事項を整理します。
今後の動き:令和8年度の予算要求
2026年度(令和8年度)に向けた国の予算要求からも、次世代技術へのコミットメントの強さが窺えます。
研究開発の推進(31億円): 結晶シリコン太陽電池を超える性能を目指す研究や、設置場所に応じたシステム開発、長期利用を見据えたリサイクル技術などの開発を支援します。
GXサプライチェーンの構築(792億円): ペロブスカイト太陽電池を含む、GX(グリーントランスフォーメーション)に不可欠な製品の国内製造サプライチェーン確立に向け、大規模な工場建設投資等を支援します。
社会実装モデル創出のための導入支援(50億円): 環境省、経産省、国交省の連携事業として、従来設置が難しかった場所へのPSC導入を支援し、国内市場の立ち上げを後押しします。
まとめ
日本は、過去の反省を生かし、GI基金による技術開発、GW級を目指す生産体制の整備、東京都に代表される大胆な需要創出策、そして安全な普及のためのガイドライン策定を、かつてないスピード感で同時並行で進めています。
ペロブスカイト太陽電池は、軽さや柔軟性といったユニークな特性により、ビルの壁やインフラなど、文字通り「どこでも発電」できる可能性を広げ、エネルギー源の多様化、そして主要原材料の一つであるヨウ素が国内で産出されることによるエネルギー安全保障の強化にもつながる、大きな期待が込められた技術です。
この技術が社会に普及したとき、私たちの街の風景やエネルギーとの関わり方は、劇的に変わるでしょう。街中のあらゆる構造物が発電を担う未来は、すぐそこまで来ています。
坂本裕尚



