航空機内でのモバイルバッテリー使用禁止 ~ 企業が備えるべき安全の新常識 ~
- 坂本裕尚
- 2 日前
- 読了時間: 6分
企業の環境・安全・コンプライアンス担当の皆様、そして日々出張で空を飛び回るビジネスパーソンの皆様。
私たちの働き方に欠かせない「あるモノ」の常識が、根本から覆ろうとしているのをご存知でしょうか。
現代のデジタル社会において、スマートフォンやノートパソコンなどの携帯用電子機器は不可欠なインフラとなっており、それを駆動するモバイルバッテリーは渡航者にとって必須の携行品です。
しかし、早ければ2026年4月から、国土交通省の新たな規制により、国内線および日本発着の国際線で「航空機内でのモバイルバッテリー使用禁止。充電も全面的に禁止」される見通しです。
一見すると「出張中のスマホ充電ができなくて不便になる」という個人の問題に思えるかもしれません。しかし、この規制強化の波は、企業のサプライチェーン、物流、さらには次世代テクノロジーの調達方針にまで多大な影響を及ぼす「パラダイムシフト」と言えるかもしれません。
今回は、2026年の新ルール施行に向けて、企業の環境・安全担当者が知っておくべき4つの衝撃的な変化とその背景を、わかりやすく解説します。

1. 「手元ならOK」の終焉:使用・充電の全面禁止と「1人2個まで」
これまで、機内でのモバイルバッテリーの使用や充電は「常に状態が確認できる場所(手元)であれば可能」という条件付きで許容されていました。
しかし、2026年4月以降に予定されている新ルールでは、これが事実上の全面禁止へと移行します。
さらに驚くべきは、以下の点です。
機内設備の利用もNG: 持ち込んだバッテリーを使うだけでなく、座席に備え付けのUSBポートやACコンセントを使って「モバイルバッテリー本体を充電すること」も禁止の対象となる見込みです。
容量問わず「最大2個」の総量規制:
これまでは100Wh以下の小型バッテリーなら持ち込み個数に制限がありませんでしたが、新ルールでは容量の大小に関わらず、カメラの予備電池なども含めて「乗客1人につき合計最大2個まで」という極めて厳しい制限が課されます。
なお、ノートパソコンやスマートフォンなど「機器に内蔵された状態の電池」は、筐体が保護カバーとして機能するため、モバイルバッテリー(予備電池)とは法的に異なる扱いを受けます。
端子がむき出しになっていることが多いモバイルバッテリーは、金属製品と接触して短絡(ショート)するリスクが極めて高いと見なされているのです。
2. 想像を絶する「熱暴走」の破壊力と、航空機喪失の現実
なぜ、ここまで急激かつ厳格なルール変更が行われるのでしょうか。
その最大の理由は、リチウムイオン電池が内包する「熱暴走(Thermal Runaway)」という現象の恐ろしさにあります。
内部短絡(ショート)などにより電池内部の温度が約150度を超えると、化学物質が分解を始め、可燃性ガスが噴出します。さらに温度が上がると正極材料から酸素が放出され、電池内部で「可燃物・酸素・熱」の燃焼の三要素が完全に揃ってしまいます。
「一度この状態に陥ると、外部から酸素を遮断しても燃え続け、水や一般的な消火器では容易に鎮火できない激しい爆発的燃焼を引き起こす。」
この破壊力を世界に見せつけたのが、2025年1月に韓国で発生したエアプサン機の火災事故です。出発準備中の機内で、座席上の収納棚(オーバーヘッドビン)から突如出火しました。
乗客が手荷物として入れていたモバイルバッテリーが他の荷物に圧迫されて物理的損傷を受け、熱暴走に至った可能性が極めて高いとされています。わずか数十分の間に機体上部は焼き尽くされ、巨大な穴が開いて事実上の全損状態となりました。
たった1つのバッテリーが、最新鋭の航空機を破壊し、数百人の命を脅かす。
この現実を前に、国際的な安全基準(ICAO等のルール)が見直され、日本もそれに追従する形で「予防原則」に基づく厳しい措置に踏み切ったのです。
3. 空から陸へ:高速バスや物流業界へのドミノ効果
企業の環境担当者・物流担当者が特に注視すべきは、この安全基準の厳格化が「航空業界だけの話」では終わらないという点です。
高速バス・リムジンバス業界の変化
現在、全国の主要な高速バスや空港リムジンバス事業者において、モバイルバッテリーを「床下のトランクルームに預ける荷物(スーツケースなど)には絶対に入れず、必ず車内に持ち込む」よう要請する動きが急速に広まっています。
床下トランクルームは、エンジンの熱や直射日光で非常に高温になる上、振動も直接加わる過酷な環境です。ここで熱暴走が起きれば、運転席からは把握しづらく、高速道路上での初期消火も極めて困難であるため、航空機に準じた「トランク預け入れ禁止・車内での自己管理」という原則が定着しつつあります。
航空貨物・物流ルールの厳格化
商業貨物としてのリチウムイオン電池の輸送も規制が強化されています。
例えば、モバイルバッテリーなどの「電池単体(UN3480)」を航空貨物として輸送する場合、火災リスク低減のため、バッテリーの充電状態(SoC)を定格容量の30%以下に制限することが義務付けられています。
国内の物流大手も国際基準に準拠した厳格な運用を開始しており、企業がイベント用品や自社製デバイスを発送する際にも、これらのコンプライアンスを遵守する体制構築が不可欠になっています。
4. ピンチはチャンス?「全固体電池」開発への強力な推進力
このニュースは、既存の液系リチウムイオン電池の安全性に対する「社会的受容性が限界に達した」ことを示しています。しかし、視点を変えれば、これは次世代テクノロジーへの強力なインセンティブ(投資の引き金)でもあります。
可燃性の液体の代わりに不燃性の固体電解質を用いることで、熱暴走の連鎖を物理的に断ち切る「全固体電池」や「準固体電池」の実用化に向けた投資が、今後急増することが予測されています。
もし将来、「特定の安全認証を受けた不燃性の全固体電池なら、機内での制限を免除する」といった特例が設けられれば、その技術を持つ企業は圧倒的な競争優位性を得ることになります。
つまり、今回の規制強化は単なる「禁止ルール」ではなく、グローバルな電池産業の技術革新を促し、より安全で持続可能な次世代技術への移行を強制する強力な市場シグナルなのです。
まとめ:「航空機内でのモバイルバッテリー使用禁止」を受けて自社の規定を見直すタイミングは「今」
2026年4月の新ルール施行により、私たちの出張スタイルやデバイス環境は確実に変化を迫られます 。
「機内で充電できないなら、大容量で多機能な高価なバッテリーを会社で支給すべきか?」
「社用スマホとは別に、通信機能とバッテリーが一体化したデバイス(持ち込み個数制限の回避策)を調達すべきか?」
といった実務的な課題も浮上してくるでしょう。
さらには、自社の製品を輸送する際の物流ルールの再確認や、従業員向けの出張・安全ガイドラインの改訂も必要となるかもしれません。
単なる「不便なニュース」として片付けるのではなく、安全の絶対的確保と利便性の新たなバランスをどう構築していくか。
企業の環境・安全担当者としてどのように対応されるか検討されてはいかがでしょうか。
◇読売新聞オンライン
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