top of page

高濃度PCB処理が民間処理へ

はじめに ― 半世紀越しの転換点


2026年5月8日、環境省は2つの告示改正案を公表し、パブリックコメントの募集を開始しました(締切:2026年6月9日)。



この改正案の中身は、じつは約半世紀にわたる日本のPCB処理体制を根本的に転換する歴史的な一手なのです。


ひと言で言えば、

「これまで国(JESCO)が一手に担ってきた高濃度PCB廃棄物の処理が、民間事業者に開かれる」

ということです。


企業の環境担当者にとって、これは単なる法令ニュースではないかもしれません。

今後5〜10年の間に、社内で保管されている使用中PCB機器、過去の図面でしか確認できない疑い機器、塗膜PCB ── これらすべてに対する対応の枠組みが大きく変わります。


本記事では、その全体像と、いま動き出すべきポイントを整理します。


PCB処理制度変更と企業対応
PCB処理制度変更と企業対応

1. JESCO事業の振り返り


ポリ塩化ビフェニル(PCB)は、絶縁性・不燃性・耐熱性に優れた油状の化学物質として、1950年代後半から1970年代初頭にかけて、変圧器・コンデンサー・安定器など電気機器の絶縁油として大量に使用されました。


1968年のカネミ油症事件をきっかけに毒性が社会問題となり、1972年には製造・新規使用が事実上中止されましたが、すでに各地で使われていた機器は社会の至るところに残されていました。


「では、この大量のPCB機器を誰が、どこで無害化処理するのか」── この問いに、日本社会は長く答えを出せませんでした。


1976年から2001年頃までの約25年間、産業界主導による民間処理施設の立地計画は、住民理解の困難等によって相次いで頓挫します。

検討委員会の報告書目次案でも明記されている、いわゆる「39戦39敗」と呼ばれる時代です。


この長い停滞を打開したのが、2001年のPCB特措法成立と、日本環境安全事業株式会社(JESCO)による全国5か所(北九州・大阪・豊田・東京・北海道室蘭)の処理拠点整備でした。

国主導による集約処理という体制が、ようやく動き始めたのが、製造中止から実に約30年後のことです。


そして2026年3月末、JESCOによる高濃度PCB廃棄物の処理事業は予定どおり終了しました。北海道事業エリアへの集約という最終局面を経て、日本は「JESCOによる集約処理時代」の幕を下ろしました。


しかし、ここからが新たな課題です。


JESCO事業終了後にも、解体される古い建物、廃業した工場、長年使われていなかった倉庫、廃業後に一般家庭の車庫等として使われていた場所などから、いまも高濃度PCB含有機器(特に安定器など)が継続的に発見されています。


これらをどう確実に処理していくのか ── その答えが、今回の告示改正案であり、続いて予定されているPCB特措法本体の改正です。




2. パブコメ中の告示改正 ― 高濃度PCB処理が民間処理へ


今回の告示改正案の本質を、ひとことで表すと次のようになります。


「低濃度PCBで運用してきた廃棄物処理法に基づく無害化処理認定制度を、高濃度PCBにも拡張する」 ~ 高濃度PCB処理が民間処理へ ~


告示第98号の改正(対象物の拡大)

無害化処理認定制度の対象となる廃棄物に、5,000mg/kgを超える高濃度PCB廃棄物が追加されます。これまでこの制度の対象は、原則として濃度5,000mg/kg以下の低濃度PCB廃棄物に限られていました。


具体的には、

  • 廃PCB等:原液が廃棄物となったもの、PCB含有油でPCBの重量割合が0.5%を超えるもの 等

  • PCB汚染物:汚泥・紙くず・木くず・繊維くずで10万mg/kg超、廃プラ・金属くず等で5,000mg/kg超のもの 等

が、新たに対象として追加されます。


あわせて、PCB含有の一般廃棄物(廃業後の家庭の車庫から発見される安定器など)も対象に追加されます。



告示第69号の改正(処理基準の整備)

告示のタイトルから「低濃度」の文字が消え、「ポリ塩化ビフェニル廃棄物に係る無害化処理の内容等の基準等」に改められます。これは、本告示が高濃度・低濃度の両方を対象とする統合的な処理基準に格上げされることを示しています。


高濃度PCBを処理する場合の追加基準として、次のような枠組みが整備されます。

  • 焼却炉への投入前に分別・除去を行い、規定の濃度以下まで下げてから焼却すること

  • 廃PCB・含PCB廃油:投入時の濃度を0.5%以下まで分別・除去

  • 廃プラ・汚泥・紙くず・木くず・繊維くず等:10万mg/kg以下

  • 金属くず・ガラスくず・コンクリート破片等:5,000mg/kg以下

  • 6か月に1回以上の試験実施・記録保管

  • 燃焼室温度・滞留時間に関する施設の維持管理基準


つまり、「高濃度のまま燃やす」のではなく、「前処理で低濃度域まで濃度を下げてから、既存の無害化処理ラインに乗せる」というスキームが、認定の前提条件となります。


資源価値のある基板等については、溶融技術等の適用による資源回収も併せて検討されており、サーキュラーエコノミーの観点からも注目すべき設計思想が組み込まれています。




3. PCB特措法本体の改正 ― 何が変わるのか


告示改正と並行して、PCB特措法本体も令和9年通常国会以降を視野に改正される見通しです。現時点で公表されている検討状況から、骨子を整理します。



高濃度PCB廃棄物に関する主な変更点

項目

変更の方向

届出義務

維持(使用中の高濃度PCB使用機器も廃棄物とみなして届出対象)

保管基準

維持

処分期限

新設(認知後5年以内の処分を想定)

行政指導・代執行

維持

罰則

新設(届出義務違反等への罰則)

都道府県のPCB廃棄物処理計画

廃止(国の基本計画に一元化)


注目すべきは、JESCO事業に紐づいた「特例処分期限日」等の規定が廃止される一方、認知後5年以内という具体的なタイムラインが新たに排出事業者に課せられる点です。「いつかやろう」では済まなくなります。



低濃度PCB対応 ― 企業実務に最もインパクトが大きい変更


じつは、企業の環境担当者にとって最も対応負荷が大きいのは、低濃度PCBに関する制度変更です。


これまでPCB特措法は基本的に「廃棄物」を対象としてきましたが、改正後は使用中の低濃度PCB含有製品も届出対象となる見通しです。


具体的には、機器単位で発番される「管理番号」によって紐付けられる、次の3段階の届出制度が導入されます。


  • 様式1号(使用中届出):使用中のPCB含有製品の届出

  • 様式2号(保管中届出):使用終了→PCB廃棄物としての保管開始時の届出

  • 様式3号(処分完了届出):処分完了の届出


これらは 使用中 → 保管中 → 処分 の全ライフサイクルがトレーサビリティの対象となり、DXツール(電子プラットフォーム)で運用される予定です。


加えて、

  • 政令で定める管理基準に従った適正管理の義務化

  • 保管開始から5年以内の処分義務

  • 処理責任者が不存在の低濃度PCB廃棄物への行政代執行規定

  • 低濃度PCB含有疑い製品の任意届出制度と、自治体による報告徴収権限

  • 低濃度PCB含有塗膜(橋梁・工場タンク等)の管理計画・処理計画の提出義務

といった仕組みが順次導入されていきます。


「廃棄物になってから対応する」枠組みから、「使用段階から管理・把握する」枠組みへという、根本的な発想転換と言えるでしょう。




4. 企業の環境担当者が、今、動き出すべきこと


法施行は2027〜2028年頃と想定されますが、社内対応にはそれなりの時間がかかります。以下の順序で着手することをお勧めします。


Step 1:機器の網羅的な把握(最重要)


これまでの「処理期限を過ぎたら廃棄物扱い」という世界から、「使用中も届出対象」の世界に変わります。社内のどこに、どの程度、PCB含有または疑いのある機器・部材があるのか、改めて棚卸しが必要です。次の3カテゴリーをリストアップしましょう。


  • 使用中の電気機器(変圧器・コンデンサー・安定器等)でPCB含有または疑いのあるもの

  • 保管中のPCB廃棄物

  • 塗膜PCBの可能性がある建築物・設備(1960年代後半〜1970年代前半に塗装された橋梁・タンク・水門等)



Step 2:分析・特定の優先順位付け


疑い機器のうち、製造年代・メーカー・型式から含有可能性が高いものを優先して分析します。低濃度PCB含有疑い機器の絞り込みについては、JEMA(日本電機工業会)等の業界団体が支援ツールを提供しています。やみくもに全数分析するのではなく、効率的な絞り込みが鍵となります。



Step 3:処理スキーム・予算計画の策定


「保管開始から5年以内」という処分期限が制度化される前提で、向こう5年間の処理計画と予算枠を確保します。低濃度PCBの処理単価は機器の種類・濃度によって大きく異なり、また民間処理事業者のキャパシティにも上限があるため、早期発注が処理価格と納期の両面で有利です。



Step 4:管理基準への対応体制構築


使用中機器の管理基準が新設されるため、所在管理・移動管理・点検記録の社内ルール整備が必要になります。届出はDX化される方向ですので、社内の機器管理データを電子届出に流し込める形に整える視点も重要です。


設備異動・組織改編に伴う管理引継ぎのルールも、いまから設計しておくべきポイントです。




5. 50年の歩みから学ぶ ― 化学物質管理の「時間軸」


ここで少しだけ、PCB問題のこれまでを振り返ってみたいと思います。


製造中止が1972年、全国処理体制が動き出したのが2001年、JESCO事業終了が2026年。製造中止から処理体制完成まで約30年、そして処理完了まで半世紀超を要したことになります。

この間、関係者の懸命な努力により大半の機器は処理が進みましたが、いまも「行方不明」となっている機器は存在し、解体現場や廃業後の倉庫から発見が続いています。


日本のPCB処理は、世界的に見ても高い水準で進められてきたと評価できます。それは率直に賞賛されるべき成果です。


一方で、いち実務者の個人的な視点として申し上げれば、いくつかの教訓も浮かび上がるように思います。


  • 集約処理という方針は、立地に時間を要した。最終的にはJESCO5拠点に至りましたが、そこに至るまでに「39戦39敗」と呼ばれる時代があり、その間、PCB機器は各事業所の保管庫に眠り続けることになりました。


  • 規制の枠組みが、事業者の実態に追いつくのに時間がかかった。使用中機器の届出制度、塗膜PCB、低濃度PCBの逐次発見など、当初想定していなかった論点が後から次々と顕在化しています。


  • そして最終局面では、民-民の処理体制に移行する。これは半世紀の試行錯誤の末にたどり着いた、実務的に機能する枠組みのひとつだと言えるでしょう。


化学物質政策には、規制理念だけでなく、「処理する民間能力をいつ・どこに・どう整えるか」というインフラ設計の視点が不可欠です。理念と実装の時間軸がずれると、結果として処理の長期化、保管の長期化、コストの累積を招きます。


そしてこの教訓は、PCB対応だけにとどまるものではないように思います。


いま社会的関心が高まっているPFAS(有機フッ素化合物)をはじめ、今後新たに本格的な規制対象となる化学物質群に対しても、

「規制値の設定」と「処理・分解・除去技術の社会実装」をセットで設計していくこと、 そして、 「リスク・規制範囲・処理コストの間にあるトレードオフ」を冷静に見極めながら、優先順位を明確にした現実的な管理を進めていくことが、これからの環境政策に強く求められると、筆者は考えています。


PFASを巡る規制動向と日本独自の戦略については、別途、当ブログで改めて取り上げる予定です。




まとめ


  • 2026年5月、JESCO事業終了に伴い、高濃度PCB廃棄物の民間処理体制への移行を制度化する告示改正案がパブリックコメント中(〜6月9日)

  • これと並行して、PCB特措法本体も改正予定。使用中の低濃度PCB機器の届出制度、5年処分期限、管理基準、DXトレーサビリティが導入される

  • 企業の環境担当者は、機器の悉皆把握、分析の優先順位付け、5年処理計画の策定、社内管理体制の整備に、いまから着手を

  • そして、半世紀のPCB対応の歩みは、これから本格化する新たな化学物質規制への重要な教訓を含んでいる




CYCLETANK合同会社では、PCB特措法改正への企業対応支援、社内機器の棚卸し・分析計画策定、処理事業者との調整、社内管理基準・規程の整備など、企業の環境担当部門の実務をサポートしています。


法改正対応にお困りの場合は、お気軽にお問い合わせください。


坂本裕尚

参考資料


CYCLE TANK
-サイクルタンク-

CYCLE TANK

ご登録ありがとうございます。

© CYCLE - TANK

bottom of page